2015年10月7日水曜日

冷戦体制からの脱却

朝鮮の分断への積極参加というコストを払って日本側は韓国市場を手に入れた。そういう積み重ねが多いものですから、アメリカのヘゲモニーのもとでの冷戦を変えようといった発想が生まれにくい。そこに見られる冷戦体質は、日本人が意識しているより以上に、根深いと私は思います。たとえば、こういう現象があります。『朝日新聞』が八七年のワシントンでの米ソ首脳会談の後で、西側の国との比較の世論調査をしました。「東西緊張はこれから緩和すると思うか」という設問に対して、「緩和しない」というのは日本が一番高くて五〇%、アメリカの四五%よりも高い。西ドイツは二八%で一番低かった。「ソ連はいままでより信用できる国になったか」というのについても、「なった」が日本が一番低くて三四%。

これに対して、米国五五%、英国六五%、フランス五四%、西ドイツ七三%です。つまり西ドイツのような最前線国家として冷戦の苦しみを味わってきた国の国民は、この逆境から脱却することがいかに必要であるかということを切実に感じており、冷戦体制からの脱却を可能にする兆しとして、極端にいえばすがるような思いでINF交渉を受け取ったというところがあるのでしょう。ところが、日本は軍事的には明らかに前線国家であり前進基地なのですが、海があるということも影響しているのか、心理的にばその意識がきわめて薄い。冷戦の怖さの自覚が乏しく、むしろ冷戦に安住している。

第二には、日本政府が冷戦の現状を変えるために何もしていないということ自体が理由になっていると思われます。つまり政府が対ソ関係を変えないことが、対ソ関係は変わらないというイメージを国民に植えつけるし、さらには対ソ関係は変えられないというイメージにさえもなる。そこで政府は対ソ関係を変える方向での内圧を受けないですむ。こういう変な循環が起こってしまっていて、ソ連との関係は可塑的なものであるという意識が非常に薄い。このことも、冷戦的なメンタリティを持続させる一因になっています。

第三に、米ソ関係の変化という実態があるのに日本人の対ソ意識が変わらないというギャップは、米国とのかかおりにも根ざしています。たとえば貿易摩擦という背景もあって、米国から高価か兵器を大量に買っています。対潜哨戒機P3Cを一〇〇機ぐらい買うというのですから、世界に冠たるものです。しかし、こうした対潜兵器の増加と高度化は、当然にソ連を刺激する。そこでオホーツク海や日本海で、ソ連はそれに対応した海軍力の強化や活発化の行動をとる。そうすると、「ソ連はヨーロッパでは軍縮だなどといっているけれども、太平洋側では依然として変わらない、だからもっと日本は軍備と日米軍事協力とを強化する必要がある」という論理で、米国からまた高価な兵器を買うことになります。

こうした兵器購入の起こりは、歴史的には対ソ冷戦でしたが、八〇年代には日米経済摩擦の一環として起こっている面がかなり大きい。要するに米国は日本に高額のハイテク兵器を売って、日ソ関係を緩和しにくい状態にする、そうすると日本がまた兵器を買ってくれる米国はそういう枠組みをつくって、日ソ関係を緊張させておけば、日本にいい市場が確保できるわけです。そのペースに日本は乗ってしまい、米国が日本経済を日米同盟のとりこにしている。その半面でレーガンとゴルバチョフは握手をしており、米ソの経済関係はこれから強まっていくでしょう。日本はこれに取り残されており、必ずしも対ソ関係からではなくて、対米関係の反射的効果として対ソ関係が凍結してしまう、という泥沼に入りかかっていると懸念されます。